「静かな退職」「アンチワーク」について解説

働き方の新潮流――これからの仕事との向き合い方

働き方の新潮流――これからの仕事との向き合い方

近年、働き方をめぐる価値観は、大きな変化の只中にあります。かつては、長時間働くことや会社に尽くすことが美徳とされてきましたが、そうした価値観に疑問を抱く人が、特に若い世代を中心に増えています。その象徴とも言えるのが、「静かな退職」と呼ばれる新しい働き方、そしてそれをさらに推し進めた「アンチワーク」という考え方です。

これらは一見すると、特定の国や文化に特有の現象のようにも見えますが、実際には「仕事に人生を支配されたくない」「必要以上に頑張る意味がわからない」と感じる気持ちは、世界共通のものだと言えるでしょう。
本記事では、こうした新しい労働観について整理しつつ、それらを安易に選択することのリスクや、これから仕事とどのように向き合っていくべきかについて、丁寧に考えていきます。

「静かな退職」とは何か

「静かな退職」とは、実際に会社を辞めることを意味する言葉ではありません。雇用関係は維持したまま、求められている最低限の業務のみをこなし、それ以上の成果や貢献を目指さない働き方を指す表現です。仕事を人生の中心に据えず、私生活や健康、家族との時間などをより重視しようとする姿勢だと言えます。

この考え方が広まった背景には、過度な成果主義や長時間労働による疲弊があります。「期待以上の成果を出すのが当たり前」「仕事こそが自己実現の場である」といった価値観に疑問を持ち、距離を取ろうとする反動として生まれたのが、静かな退職なのです。

静かな退職を選ぶ人たちは、決して仕事を放棄しているわけではありません。契約上の業務はきちんと果たし、勤務時間も守ります。ただし、それ以上の努力や自己犠牲を当然のものとして受け入れない点が特徴です。定時になれば仕事を終え、報酬に見合わない業務や過度な責任は引き受けない、このような姿勢を「健全な働き方」と捉える人もいます。

一方で、職場に身を置きながら精神的には距離を取っている状態であるため、「実質的には退職と変わらない」という皮肉を込めて、この言葉が使われている側面もあります。

「アンチワーク」とは何か

静かな退職よりも、さらに踏み込んだ立場として、「アンチワーク」という考え方があります。これは単なるワークライフバランスの重視ではなく、労働そのもの、さらにはそれを前提とした社会の仕組みに対する強い批判を含んでいます。

この考え方の根底には、「多くの仕事は本質的に不要であり、人を消耗させ、搾取的である」という認識があります。本来、働くことは生きるための手段であるはずですが、現代社会ではそれが目的にすり替わっているのではないか、という問題提起です。

アンチワークをする人々の中には、できる限り働かずに収入を得る方法を共有したり、業務を自動化して実質的な労働時間を極限まで減らしたりする行動を肯定的に捉える人もいます。そこには、「雇われる側が一方的に搾取される存在である必要はない」という強い対抗意識が見られます。

また、社会全体を見渡しても、自ら仕事を辞める人が急増するなど、労働観が大きく揺らいでいることは否定できません。実際に退職する人、静かな退職を選ぶ人、アンチワークの姿勢を取る人が混在し、働くことそのものが問い直されている状況にあります。

静かな退職・アンチワークをおすすめできない理由

静かな退職・アンチワークをおすすめできない理由

①長期的に見て持続しにくい

これらの働き方は、短期的には心身の負担を軽減する効果があるかもしれません。しかし、長期的な視点で考えると、持続性には大きな課題があります。

職場において成長意欲や主体性を示さない人は、次第に信頼や評価を得にくくなります重要な仕事を任される機会が減り、裁量や権限も広がりません。その結果、組織の中での居場所が徐々に狭まり環境が変わった際には真っ先にリストラの対象にされる可能性が高くなります

また、成長実感のないまま長時間を過ごすことは、精神的にも大きな負担になります。仕事に費やす時間は、起きている時間の中でも大きな割合を占めています。その時間を「早く終わらないか」と感じながら過ごすことは、想像以上に消耗するものです。

競争を前提とする社会において、「競争から降りたつもり」でいても、周囲は動き続けています。意欲のある人との差は確実に開いていきます。静かな退職が成立するのは、組織全体がその価値観を共有し、制度として認めている場合に限られるでしょう。

②経済的な自由から遠ざかる

経済的な自由を得るためには、一定の収入や資産が必要です。多くの人にとって、その源泉となる最大の資産は「自分自身の働く力」、いわゆる人的資本です。

若いうちからワークライフバランスを重視し、その価値を高める努力を怠ってしまうと、将来的に選択できる道は確実に狭まっていきます。投資や資産運用は重要ですが、それらも元となる資金がなければ十分な効果を発揮しません。

仕事に真剣に取り組み、能力を磨き、結果として収入を高めていくことは、遠回りに見えて最も確実な基盤づくりです。後になって働き方を緩めることはできても、基盤を作らずに自由だけを求めることは難しいのが現実です。

お金がなければ自由はない」という現実から目を背けたままでは、いずれ選択肢の少なさに苦しむことになりかねません。

③良い時間の使い方とは言えない

人の人生は有限であり、使える時間には明確な限りがあります。その貴重な時間を、情熱を持てない仕事を「やり過ごす」ことに使うのが、果たして最善なのでしょうか。

問題は仕事そのものではなく、「夢中になれない状態」にあります。嫌々こなす仕事を効率化しても、空いた時間に新たな義務が生まれるだけで、根本的な充実にはつながりにくいのです。

一方で、夢中になれる仕事に取り組んでいるとき、人は時間を忘れ、成長を実感し、結果として人生そのものが豊かになります。そのような仕事は、自然に与えられるものではなく、自ら探し、試し、努力する中で見つけていくものです。

今の環境が合わないのであれば、学び直しや環境の変更によって道を探すことも可能な時代になっています。働くこと自体を諦めるのではなく、「自分の人生を使う場所」を探す姿勢こそが重要ではないでしょうか。

最後に

最後に

心身が疲れているときに、一時的に力を抜くことはとても大切です。その意味で、静かな退職的な姿勢が一時的な回復手段となることは否定されるべきではありません

しかし、それが恒常的な姿勢となり、成長や可能性を自ら閉ざしてしまうのであれば、慎重になる必要があります。大切なのは、今の場所でできる工夫を探すこと、そしてそれが難しい場合には、新しい場所を探す勇気を持つことです。

仕事に夢中になることと、人生を犠牲にすることは同義ではありません。不確実で理不尽な時代だからこそ、可能性の種を蒔き続ける姿勢が、未来を切り開く力になります。

働き方に悩むのは、決して特別なことではありません。その悩みと正面から向き合い、自分なりの答えを探していくことが、これからの時代を生きる上で大切なのだと思います。