定年の日に見えた、もうひとつの景色

「自社株を買ったら、8億円の資産になった」
そんな見出しのオンライン記事を目にした方もいるかもしれません。定年時に保有資産8億円、年間配当2,000万円。数字だけを並べれば、どこか別世界で起こった出来事のように感じられます。しかし、この話の本質は、派手な成功談や一部の“勝ち組”の物語ではありません。むしろ、私たち一人ひとりの働き方やお金との向き合い方を、静かに照らし出す内容です。この出来事から学ぶことはたくさんあるのです。
主人公は、特別な人ではなかった
まず、この話の主人公は、某大手商社に長年勤めた女性社員です。繊維部門で実直にまじめにコツコツと働き、決して世間から脚光を浴びる存在ではありませんでした。彼女が続けてきたのは、きわめてシンプルな行動です。入社して間もない若い頃から、少しずつ、自分が勤める会社の株を買い続けていました。その結果、10万株もの自社株を保有するまでになりました。時価は8億円、配当は年間2,000万円。退職時には、驚くべき資産を手にしていました。退職後の生活に不安はなく、胸を張って「一生幸せに暮らしていけます」と社長に感謝を伝えたといいます。
高収入の裏にある、経営者の思想
このエピソードで注目すべきは、資産額そのものではありません。背景にある「会社の姿勢」です。記事によれば、この商社では社員の年収水準が非常に高く、2024年度は個人の成績次第で、部長級は最高4,110万円、課長級は最高3,620万円、担当者でも最高2,500万円に達します。好待遇といえます。
社長は「社員に高い成果を求めるなら、給料を上げるべきだ」と明言しています。他の大手商社に負けない水準の報酬を支払うことが、社員のやる気と会社の成長につながるという考え方です。さらに現金だけでなく、報酬の一部を株式で支給する制度も導入しました。「現金だけでは資産形成につながらない」という、はっきりとした哲学がそこにあります。
自社株の話を、どう受け取るべきか
ただし、この話をそのまま真似すればよいわけではありません。勤務先と保有株が同じ会社であることは、実は大きなリスクも伴います。会社が成長すれば、収入も資産も増えますが、業績が悪化すれば、たちまち年収の低下と株価下落が同時に起こります。いわば「ダブルパンチ」です。今回の例は、成功した一部のケースに過ぎません。それでも、今を生きる人たちに向けて学ぶべき点が、この話にはあるのです。
本当に大切な2つの視点

この話から学ぶべきポイントは、普遍的です。
1つ目は、「給料を上げる意思を持つトップのもとで働くこと」。社員の生活を後回しにする経営者の下では、待遇が良くなることはありません。この話は、転職などに及ぶことです。社員として待遇について考えることは悪いことではありません。
2つ目は、「株を持つ側に回ること」。ただし、個別株への集中投資ではありません。S&P500連動のインデックスファンドや、全世界株式ファンドのような、分散された投資を指します。
資本は、静かに人生を支える

資本主義社会において、大きな資産は労働収入だけでは育ちにくいのも事実です。株や不動産といった資本が、時間をかけて価値を積み上げます。それを踏まえて、自分の資産形成について考えて行動を続けることです。それは特別な才能や強運がなくても実践できます。
3つの原則を、淡々と続ける
・給料を増やす
・倹約する
・余ったお金で株を買う
この3つは地味ですが、原理原則です。10年、15年、20年と続ければ、お金持ちにならざるを得ない仕組みともいえます。今回紹介された女性社員の話は、その一例に過ぎません。奇跡ではなく、誰の人生にも起こり得る「積み重ねの結果」なのです。
数字の派手さに目を奪われるのではなく、その背後にある考え方と習慣に目を向けること。そこにこそ、今日から始められる現実的なヒントがあります。