2025年、国内最大手の貴金属取扱企業である田中貴金属工業が、自社店舗およびオンラインショップで「金地金(きんじがね)」の販売を一時停止したというニュースが世間を驚かせた。これまで安定した取引を続けてきた同社が、販売を止めざるを得なかった背景には、一体どんな事情があったのだろうか。
■ 予想を超える「金」人気と世界情勢の影響

まず注目すべきは、近年の「金ブーム」の再燃である。世界的なインフレ、地政学的リスクの拡大、円安の進行といった要因が重なり、投資家や一般消費者の間で「安全資産」としての金への関心が急激に高まっている。特に2024年後半以降、ウクライナ情勢や中東の不安定化、さらに日本国内の物価上昇が続いたことで、「現金を持つよりも金を持つ方が安心」という心理が広がった。
田中貴金属が取り扱う金地金は、純度99.99%の高品質で知られ、信頼性も高い。そのため、価格上昇局面では「とにかく田中で買いたい」という顧客が殺到し、需要が供給を大きく上回る状態になった。これが今回の販売停止の直接的な原因だと見られている。
■ 「安全資産」としての金の魅力
金がこれほどまでに注目を浴びる理由は、その「普遍的な価値」にある。
株式や通貨のように国や企業の経済状況に左右されず、世界中どこでも価値を認められる金は、混乱期に強い資産として長く人々に支持されてきた。特に日本では、1990年代のバブル崩壊やリーマンショック時にも、金への資金流入が顕著だった。
また、金は「無国籍の資産」とも呼ばれ、紙幣のように発行主体が存在しないため、国家財政や金融政策の影響を直接受けない。その安定性が、金融不安が高まるときほど一層際立つのだ。
■ 円安・インフレ・金利上昇のトリプルパンチ

今回の金需要急増を語る上で欠かせないのが「円安」と「インフレ」である。
2025年初頭、1ドル=170円を超える水準まで円が下落したことで、輸入コストが上昇し、生活必需品からエネルギー価格までが高騰。家計への負担が増す中、「資産価値を守る」手段として金購入に走る人が増えた。
さらに、日本銀行の金融政策の転換も影響している。長らく続いたマイナス金利政策が解除され、金利上昇局面に入ったことで、金融市場が一時的に不安定化。株式や債券への投資リスクを避け、安全な金に資金が流れ込む動きが顕著になった。
■ 購入希望者が殺到、店舗で長蛇の列も
報道によると、田中貴金属の店舗では、販売停止直前に「地金を買いたい」と訪れる客が殺到。都内の店舗では開店前から数百人規模の行列ができ、地方店舗でも同様の混乱が見られたという。オンラインショップでもアクセスが集中し、サイトが一時的にダウンする事態に。
一部の購入希望者は、「銀行に預けても利息がつかない。現金を持っていても価値が減る」と語り、インフレヘッジとしての金への期待が高いことを示している。
■ 販売停止の裏にある「供給逼迫」と「価格変動リスク」
販売停止の背景には、単に需要増だけでなく、金そのものの「供給逼迫」も関係している。
国際的には、金鉱山の生産コスト上昇や精錬能力の限界が指摘されており、田中貴金属が依存するロンドン市場やスイスの精錬所でも、納期の遅延が続いている。また、短期間で価格が乱高下する局面では、販売側もリスクを避けるため一時的に取引を見合わせることがある。
同社は「安定供給と価格の公平性を確保するための措置」と説明しており、在庫が回復次第、販売再開を検討するとしている。
■ SNSで広がる不安と「買い急ぎ」心理

今回のニュースはSNSでも瞬く間に拡散された。
「田中が売り止めた=金が手に入らなくなる」との誤解から、一部ではパニック的な買い急ぎも発生。メルカリなどのフリマアプリでは、小型の金貨や金製アクセサリーの価格が急騰するなど、二次市場にも波及している。
専門家は、「こうした一時的な供給停止は珍しいことではない」としつつも、「金価格が高値圏にある今、冷静な判断が求められる」と警鐘を鳴らす。投資目的であれ、資産保全目的であれ、「買えば安心」という単純な構図ではないのだ。
■ 金価格の今後はどうなる?
金価格の見通しについては、専門家の間でも意見が分かれている。
一方では、「世界的な不安定化が続く限り、金はさらに上昇する」との見方が根強い。特に新興国の中央銀行による金の買い増しが続いており、実需面での支えも強いとされる。
しかし別の見方では、「米国の利上げが一段落すれば、金への資金流入は落ち着く」との指摘もある。為替や株価の動向、国際情勢次第で、金相場は今後も上下を繰り返す可能性が高い。
■ まとめ:金ブームの裏にある「不安の時代」
田中貴金属の販売停止は、一時的な供給問題にすぎないかもしれない。
しかし、それ以上に浮き彫りになったのは、現代日本人の「将来への不安」だ。円安、物価高、年金不信、国際情勢の不透明感——。そうした要素が重なり、「紙より金を信じる」心理を強めている。
金は永遠に輝くと言われるが、それは人々の不安を映す鏡でもある。今後、田中貴金属が販売を再開しても、この“金への熱狂”は、そう簡単に冷めることはなさそうだ。