長い時間の先に、ようやく見え始めたもの
「失われた30年」という言葉を聞くと、胸の奥に静かな疲労感が広がる方もいらっしゃるのではないでしょうか。一生懸命働いても、暮らしはなかなか楽にならない。努力が数字として返ってこない。そうした経験を重ねるうちに、「そういうものだ」と受け止めてきた方も多いように思います。
そんな中、2024年の春、日本の賃金を取り巻く状況に、ほんの少しですが、これまでとは異なる風が吹き始めました。大きな転換と呼ぶにはまだ早いかもしれません。それでも、長く続いた停滞の先に、小さな変化が芽吹いているようにも感じられます。
久しぶりに聞こえてきた、明るい賃上げの話題
2024年の春季労使交渉では、大手企業を中心に、印象的な賃上げのニュースが相次ぎました。日本製鉄では賃上げ率14.2%という、これまでにない水準が示されました。日立製作所や三菱電機も、月額13,000円の賃上げで満額回答となっています。
連合の調査によると、3月15日時点での平均賃上げ率は5.28%でした。春闘全体で5%を超えるのは1991年以来、33年ぶりのことです。数字だけを見れば、長い時間を経て、ようやく歯車が少し動き出したようにも映ります。
賃上げの動きが広がっているのはなぜか

今回の流れには、無理のない背景があるようです。大きく分けると、2つの理由が考えられます。
企業の中に、余力が蓄えられてきたこと
1990年度を100とした場合、2022年度の経常利益は約2.5倍に増えています。配当金は約7.7倍です。一方で、人件費は長い間、ほぼ横ばいの状態が続いてきました。
この30年、日本企業は慎重に利益を積み上げてきました。その蓄積が、ようやく従業員にも分けられ始めている。そう受け止めることもできそうです。
人手不足という、避けて通れない現実
もう1つは、人手不足です。有効求人倍率は1.3倍前後で推移し、多くの業界で人材確保が難しくなっています。2023年には、人手不足を理由とした倒産が260件にのぼりました。
企業にとって「人」は、以前よりもずっと大切な存在になっています。「代わりはいくらでもいる」という考え方から、「一緒に働き続けてほしい」という思いへ。そんな意識の変化が、少しずつ広がっているように感じられます。
賃上げの流れにも、差があるという現実

ただ、この動きがすべての企業に同じように届いているわけではありません。賃上げに踏み切れる企業と、そうでない企業の差は、今後さらに見えやすくなっていくかもしれません。
収入について悩んでいる方の多くは、「自分が足りないから」と感じがちです。しかし実際には、「場所」が合っていないだけ、ということも少なくありません。
「釣り場を変える」という、静かな選択肢
魚の少ない池で釣りを続けるのは、とても根気がいります。腕前があっても、結果が出にくいことがあります。一方、魚の多い池では、同じやり方でも自然と成果につながりやすくなります。
働く環境も、少し似ているのかもしれません。努力や工夫はもちろん大切ですが、それと同じくらい、どんな環境に身を置くかも重要です。大企業の方が賃上げ率は高い傾向にありますが、中小企業の中にも、成長分野で着実に力を伸ばしている企業は存在しています。
今の職場が、どのような賃上げを行っているのか。そっと確認してみるだけでも、今後を考えるヒントになるはずです。
自分の価値を、やさしく見つめ直すために
賃上げ率7%の環境にいれば、10年後の年収はおおよそ2倍になります。2%であれば、1.2倍ほどです。この差は、日々の安心感や選択肢に、静かに影響していきます。
少子高齢化が進む中で、人の価値はこれからさらに高まっていくと考えられます。だからこそ、自分の労働力を必要以上に安く扱わないことも、大切な視点です。良いものや貴重なものが、きちんと評価されることは、自然なことなのかもしれません。
おわりに

――過去を責めず、これからを選ぶということ
賃金という身近なテーマの中には、これからの生き方を考えるヒントが、そっと隠れています。過去の時間を悔やむ必要はありません。これからどんな場所で、どんな流れの中で働いていくのか。その選択は、いつからでも見直すことができます。
収入が少しずつ伸び、選択肢が増えていく未来は、きっと思っているよりも穏やかで、前向きなものです。その入口に、私たちは静かに立っているのかもしれません。