批判殺到?河野氏「年末調整廃止、国民全員が確定申告を」
「年末調整を廃止し、国民全員が確定申告を行うべきではないか」
そんな提案を河野氏が打ち出したというニュースが話題になりました。総裁選に向けた政策案の一つとして示されたこの発言は、ネット上でも大きな反響を呼び、賛否両論、特に批判的な意見が目立つ状況となっています。
「ただでさえ忙しいのに、これ以上手間を増やさないでほしい」
「確定申告なんて難しくて分からない」
多くの人が、こうした感情を抱いたのではないでしょうか。
本記事では、この話題を感情論で終わらせるのではなく、年末調整と確定申告の仕組みを整理しつつ、河野氏の主張の背景、そして私たちが本当に考えるべきポイントについて解説していきます。
そもそも年末調整とは何か

年末調整とは、一言で言えば所得税の清算手続きです。
所得税は、1月から12月までの「年間の所得」に対して課される税金ですが、その年の正確な税額は年末にならなければ確定しません。
しかし、会社員の場合、毎月の給与からすでに所得税が差し引かれています。これは、国が「年が終わってからまとめて税金をもらう」よりも、「毎月少しずつ確実に徴収したい」と考えているためです。
そこで、雇用主に対して
「概算で構わないから、毎月税金を差し引いて国に納めなさい。年末に正しい金額を計算して清算しなさい」
と求めているわけです。これが、いわゆる源泉徴収です。
年末調整の実態と誤解
年末調整では、次の2つを比較します。
- 毎月の給与から前払いした所得税の合計
- 年間所得をもとに計算した正しい所得税額
この差額を精算するのが年末調整です。
払い過ぎていれば還付され、足りなければ追加で納付します。
多くの場合は還付になるため、「年末調整=お金が戻ってくるイベント」と捉えられがちです。しかし実態としては、国に一時的に貸していたお金が無利子で返ってきているだけとも言えます。
年末調整が廃止されたらどうなるのか

河野氏の提案どおり年末調整が廃止された場合、会社員も自営業者と同じように、年に1回、自分で所得税額を計算し、確定申告を行うことになります。
これが今回の議論の前提です。
河野氏は、この仕組みによって
- 雇用主の事務負担が減る
- デジタル化によって行政の負担は増えない
- 有事の際に給付や支援を迅速に行える
- 国民が税や社会保険料の負担を自覚し、使い道に厳しい目を向けるようになる
といった効果が期待できるとしています。
世間の反応が否定的な理由
一方で、世間の反応は概ね否定的です。
「個人の負担が増えすぎる」
「素人が一斉に確定申告したら混乱する」
「経理や人事の仕事が減って困る人が出る」
こうした声の多くは、制度そのものというよりも、確定申告に対する心理的ハードルから来ています。
「分からない」「面倒」「失敗したら怖い」
この不安が、反対意見の根底にあると言えるでしょう。
確定申告は義務である前に「権利」
ここで視点を変えてみましょう。
確定申告は、単なる面倒な作業ではありません。自分の納税額を自分で計算し、申告できる権利でもあります。
歴史を振り返れば、税金は「お上に言われた額を黙って納めるしかない」時代がありました。事情があろうと、不作であろうと関係ありません。
現在は違います。制度を理解し、知識を持てば、控除や仕組みを活用しながら、納税額を適正にコントロールする余地があります。
税に詳しい人と詳しくない人で、結果に大きな差が生まれるのはこのためです。
「めんどくさい」は主導権を手放す言葉

今の税制では、
- 毎月の源泉徴収
- 年に1回の年末調整
によって、ほぼ自動的に納税が完了します。これは非常に便利な仕組みですが、その一方で「考えなくても済む状態」を作り出しています。
「税金のことはよく分からない」
「確定申告は面倒だからやりたくない」
この姿勢は、楽ではありますが、同時にすべての主導権を仕組みに委ねている状態でもあります。
マネーリテラシーと資産形成の第一歩
確定申告を学ぶことで得られるのは、節税効果だけではありません。
- 自分の収入構造が見える
- お金の流れに敏感になる
- 資産形成を考える土台ができる
こうした力は、将来の自由度を大きく左右します。
確定申告をしていない「本当の意味でのお金持ち」は、ほとんど存在しません。
まとめ:確定申告を恐れない姿勢を
今回の河野氏の提案について、制度として実現するかどうかは別として、一つ言えるのは「この話題が出た時点で、私たちは税と向き合うチャンスを得ている」ということです。
「めんどくさい」「余計なことをするな」で思考を止めてしまえば、何も変わりません。
しかし、確定申告をきっかけにマネーリテラシーを高めていけば、お金に振り回されない人生に一歩近づくことができます。
「かかってきなさい、確定申告」
このくらいのスタンスで構えることが、自由への第一歩なのかもしれません。