雇用を守る時代から、働く人が動く時代へ 賃上げの時代に、静かに訪れる転換点

時代は、確かに変わりつつあります。長らく日本社会を支えてきた「雇用を守る」という考え方が、今、大きな曲がり角を迎えています。日本経済新聞が報じた「雇用維持から転職促進へ」という言葉は、少し刺激的に聞こえるかもしれません。しかし、その背景をひもとくと、私たち働く一人ひとりにとって決して他人事ではない現実が見えてきます。
なぜ、ここ数年は賃上げが続いてきたのか
これまで数年間、日本では賃上げが力強く進んできました。2024年の企業の経常利益は3年連続で過去最高を更新し、その成果として2025年の賃上げ率は平均5.32%。これは実に34年ぶりの高水準です。長い間、給料がほとんど上がらなかった人にとっては、ようやく報われたという実感があったでしょう。世の中全体にも、どこか「お祭り」のような高揚感が漂っていました。
トランプ関税がもたらす、賃上げ減速の不安
ところが、その流れに水を差しかねない出来事が起きています。アメリカのトランプ大統領による関税政策です。輸出関連企業を中心に業績への不安が広がり、2026年の賃上げは慎重にならざるを得ない、という見方が強まっています。実際、賃上げ率が4%程度まで下がると予測する専門家もいます。企業の利益が減れば、給料に回せる余力も小さくなる。これは、ごく自然な話です。
不況になったとき、国は何を守ろうとするのか

ここで重要なのは、「賃上げが止まるかもしれない」という事実そのものよりも、その先に国がどのような判断を下すのか、という点です。景気が悪くなると、これまで日本政府は雇用調整助成金などを使い、企業に「人を辞めさせない」よう支援してきました。無利息融資や返済猶予といった、いわば特別扱いも行われてきました。確かにこれらは、目の前の雇用を守るという点では効果があります。
雇用維持の裏に潜む「ゾンビ企業」の問題
しかし一方で、「ゾンビ企業」と呼ばれる、本来は役割を終えつつある企業を延命させてしまう危険性も指摘されています。使われているお金の正体は税金です。その税金を、将来性の乏しい分野を守るために使い続けるのが本当に良いのか。もっと成長する分野へ人が移動できるよう、教育や訓練に使ったほうが、長い目で見て経済は強くなるのではないか。そうした考え方が、いま力を持ち始めています。
経済は生き物――人は成長する場所へ動く

経済は生き物です。衰えていく産業もあれば、新しく伸びていく分野もあります。アメリカでは、人がより生産性の高い場所へ移ることを前提とした仕組みが整えられてきました。進化論で知られるチャールズ・ダーウィンの言葉に、「強いものが生き残るのではない。変化できるものが生き残るのだ」というものがあります。まさに、今の働き方を象徴する言葉ではないでしょうか。
「転職は悪」という価値観は、すでに過去のもの
かつて日本では、「転職は根気のない人がするもの」「一つの会社に勤め上げるのが美徳」とされてきました。しかし、その価値観は静かに書き換えられています。総務省の調査によれば、転職者はこの10年で大きく増え、とりわけ45歳以上の伸びが目立ちます。さらに驚くべきことに、50代で転職した人の約4割が年収アップを実現しているという民間調査もあります。かつて語られた「35歳転職限界説」は、もはや過去の話です。
転職は「リスク」ではなく、試す価値のある選択
転職は、実はとても合理的な行動です。給料が下がる条件であれば、無理に決断する必要はありません。試してみて、合わなければ動かなければよい。そう考えれば、転職活動は大きなリスクを伴わない「投資」に近いものだと言えます。特に20代、30代であれば、年収が上がる可能性はさらに高まります。
これから求められるのは「会社に守られる力」ではない
時代は、確実に「雇用を守る社会」から「人が動いて価値を生む社会」へと移行しています。生涯一社という前提が崩れ始めている今、私たちに求められているのは、会社に守ってもらうことではなく、自分自身の稼ぐ力を高める意識です。
変化を恐れず、自分で働く場所を選ぶという覚悟
変化を恐れず、自分の能力が最も生きる場所を探す。その姿勢こそが、不確実な時代を生き抜くための最大の備えになるのではないでしょうか。たった一度きりの人生です。働く時間の大半を占める仕事だからこそ、「仕方がない」とあきらめるのではなく、自分で選び取る。その覚悟が、これからの時代を支える静かな力になるはずです。